2011年12月11日

地酒購入断念

 11月29日(火曜日)から12月1日(木曜日)まで、関東・甲信越と近畿を視察しました。

 関東・甲信越のとある県は、地酒の評判が良くなっており、帰りに評判の地酒を購入しようと考えていました。

 午後1時にホテルにチェックインすると、4畳半ほどの小さな待合室とエレベータの横に、ウェルカムカウンターがあり、宿泊客にたいして、夕方から地酒を2杯プレゼントするとの貼り紙がありました。

 「さすが」と感心しつつ、遅い昼食を終え、視察へと向かいました。

 その県の県庁所在地で視察を午後6時過ぎに終え、夕食の話に自然と流れ、その市の担当者からお国自慢のB級グルメの話を伺いました。

 担当者によれば、B級グルメの色鮮やかなのぼり端が店舗前にあるので、分かるとのこと。

 早速、駅前のメインストリートから探索することになりました。

 駅前を商店街に進むこと2分。早速、お目当てののぼり旗を発見。さい先良いスタートに気をよくして、さらに商店街を探索することに。

 ところが・・・

 商店街を進めど、のぼり旗は一つも見つかりません。

 結局、駅前に最初にみっけた居酒屋で、B級グルメを堪能することになりました。

 店内に入り、メニューを見ましたが、品数の少なさにこれまたビックリ。

 まずはおすすめのB級グルメを注文し、数少ない品から、これはと思う料理を注文しました。

 お酒も入り、視察のあれこれを話していると午後9時前に店員が「お愛想を」と言われ一同ビックリ。

 沖縄では、午後9時といれば宴たけなわでこれからという時間。

 地域性なのかなと考え、その店を後にして、ホテルへ戻りました。

 ホテルでは、早速、地酒を試飲しましたが、味がいまいち。

 担当者にその旨を伝えると、「あ~、それは外国産ですから」。

 翌日、近畿地方へ移動しましたが、この地方の地酒が私の手に無かったことは言うまでもありません。  

Posted by 宮平栄治 at 18:27Comments(1)TrackBack(0)沖縄経済学

2011年07月17日

Cool Japan

昨日、7月16日(土曜日)は、沖縄市のミュージックタウン音市場で、内閣府沖縄総合事務局主催の「第2回沖縄・感性文化産業シンポジウム~センスカルチャーでヒヤミカチ~」を拝聴してきました。

第1部は沖縄県文化観光スポーツ部参事官の知念英信氏による「世界のウチナーンチュ大会を通じた交際文化交流」と経済産業省クール・ジャパン海外戦略室長の渡辺哲也氏による本邦初公開の「クールジャパン戦略について」の講演会でした。

第2部では、宮永英一氏(沖縄県ロック協会会長)、上山繁氏(モグコザ団団長)、鈴木雅子氏(コザ・インフォメーションセンター・チーフディレクター)および後藤和子氏(埼玉大学教授)をパネリストにむかえ「文化によるまちづくり」と題してシンポジウムが行われました。

Cool Japanの”cool”とは「涼しい」ではなく、「格好いい」や「センスがある」という意味です。

Cool Japanは何をするのかというと、漫画、映画などのサブ・カルチャーを海外へ広め、新しい産業を創造しようという経済産業省の取組です。

この講演会を聞きながら、15年ほど前、沖縄開発金融公庫の大学の同期に「沖縄を活性化するにはどうすればいいか」と尋ねられた時の回答を思い起こしました。

その時の私の答えは「沖縄に来たら、10人中、5人が絵画、音楽、舞踊、織物、演劇などの芸術面に関わっていると活性化する」というものでした。

その友人は製造業による沖縄の発展のみを考えていたらしく、私の的外れな回答にあきれ顔でした(その本人は、現在は、脱サラし、自社でプロデューサーとして活躍していますが・・・)。

韓国は、政府が積極的にFTA交渉を行うと同時に、少女時代やKARAなどの文化を自国製品と結びつけて世界市場に進出しています。

また、イギリスがシェークスピアを戦略的に売り出したのも有名な話です。

沖縄の文化的素材を考えれば、空手、音楽などの沖縄文化を沖縄を世界へ発信すればソフトパワーのよる沖縄の発展も可能な時代だと確信したシンポジウムでした。  

Posted by 宮平栄治 at 18:57Comments(1)TrackBack(0)沖縄経済学

2011年07月10日

ああ勘違い

 学生を教えていると、「えッ、何でこんな事が考えるの?」とビックリするような事が度々あります。

 例えば、講義室でガムをかんでいる学生に注意した際、「ガムを飲み込まないように」というと「ガムは”食べ物”ではないのですか」と逆に質問されて事があります。

 その場合、例えば、「誰かに”食べ物を下さい”とお願いしたとき、ガムを出されることになる」と答えると、納得してくれます。

 1年生の演習では、今年度は県外学生が半数いますので、話題になるのが沖縄と県外の文化の相違です。

 県内と県外の学生に、沖縄と県外の文化の違いを列挙されると・・・

  言葉
  料理
  気温
  電車がない
  時給が安い
  ゴキブリが大きい

などなど珍回答が続々出てきます。

 そのような時は辞書から文化の定義を調べもらい、列挙された言葉でどの言葉が文化に属し、どの言葉が属さないのかを考えてもらっています。

 この調査から、学生は文化と文化以外の言葉が意外と未分化だったということは新たな発見でもありました。  

Posted by 宮平栄治 at 12:26Comments(0)TrackBack(0)沖縄経済学

2011年06月25日

N部長の根性

 今年の2月に中心市街地の成功事例を検証するため、香川県高松市の高松丸亀商店街と鳥取県米子市の法勝寺商店街を訪れました。

 米子市で銀行をおしゃれな居酒屋へ改装したり、女性向けの洒落た店を展開しているK氏の店を訪問後、午後はゲゲゲの鬼太郎で有名な境港市へ向かうことになりました。

 ところが話が弾み、店から駅までタクシーを利用しても列車の時間に間に合わない状態に。

 とりあえず、総務省から沖縄市へ出向しているN部長が先陣を切って駅へ向かいました。

 私たちはしんがりで、駅へ着いたら列車の出発時刻はとうに過ぎていましたが、改札でN部長が「早く!、早く!」と叫んでいるではありませんか。

 何事かと思い、N部長の所へ行くと、なんと列車を待たせているとのこと。

 駅を久しぶりにダッシュし、齢70歳弱のサンシティ商店街のH理事長ともども社内へ転げ込むことになりました。

 社内で聞くと、駅の助役さんにお願いしたところ、待ってくれたとそうです。

 高知出身で剣道の達人のN部長のあきらめない精神と根性に一同感心したエピソードでした。
   

Posted by 宮平栄治 at 17:55Comments(0)TrackBack(0)沖縄経済学

2011年06月19日

オープンキャンパス

 昨日、6月18日(土曜日)は本学の第1回オープンキャンパスでした。

 オープンキャンパスとは、本学に関心のある高校生や入学を希望する高校生に、大学を紹介するといういわば大学のセールス活動です。

 なぜこの時期なのかといえば、インターハイも終わり、進路について真剣に悩み始める高校3年生が増え始めたり、予備校などが夏期講習のPRを行い始めるなどで、受験への関心が高まるという高校生の事情があります。

 他方で、18歳人口が減少と大学の増加によって、大学進学希望者は理論上は全員が入学できるため、少しでも学生を集めたいという大学側の事情もあります。

 また、志望校をよく理解した上で入学すれば、「こんなはずではなかった」「イメージと違う」などで入学後の不適応者数の減少も期待できます。

 つまり、大学側は大学の水準や教育内容を分かっていますが、高校生側は志望校に関する情報がよく分からないという情報の非対称性から生じる乖離を防ごうという目的もあります。

 私はオープンキャンパスに訪れた高校生には、本学だけでなくできるだけ他の大学のオープンキャンパスへの参加も促している理由は、少しでも正確な情報を得ることで、入学後の不適応を減少させたいからです。

 でも、この考えには一つ大きな大前提があります。

 それは、オープンキャンパスで高校生へ提供する情報が正確な情報であるということです。

 優秀な志望者をより多く集めたいと願うあまり、教員や入試関係職員は粉飾情報提供の可能性もあります。

 情報環境が整備された状況下では、粉飾情報はたちまち伝わりますので有効な戦術とはいえませんが・・・

 既に冬の入試シーズンに向けて、暑い夏に熱い戦いが始まっているのです。
  

Posted by 宮平栄治 at 13:10Comments(0)TrackBack(0)沖縄経済学

2011年06月13日

ブログの意外な効果

 本日、6月13日(月曜日)、大学のメールボックスに手紙が届いていました。

 名前を見てビックリ。

 9年ほど前、起業家セミナーの講演で、講演の先生と一緒だった中央大学の元学生さんからでした。

 その時は大学3年生で、その1年後に同名の友人と来沖し、牧志の公設市場で魚三昧の昼食を食べました。

 卒業後、沖縄サミットの時は、某プロデューサーのアシスタントで来沖した時に那覇で会って以来の連絡でした。

 何でも私のブログを見て筆を執ったとのことです。

 さて、現在は芸能プロダクション関係の仕事に携わっているようで、文面からも忙しさが伝わっています。

 担当が沖縄関係の芸能人ですから、来沖する機会もあるでしょう。

 その時は、コザのまちで泡盛と旨い魚で学生時代の話で盛り上がりたいものです。

 ブログの意外な効果でした。

   

Posted by 宮平栄治 at 22:23Comments(1)TrackBack(0)沖縄経済学

2011年06月12日

中心市街地活性化と広域調整

 昨日、6月11日(土曜日)は、沖縄市・コザボックスで、関東学院大学教授の横森豊雄(よこもり とよお)先生との勉強会でした。

 勉強会の内容は「中心市街地セミナー--中心市街地活性化の今後の展望--」のテーマで横森先生の御講演の後、討論を行いました。

 横森先生の御講演では、①中心市街地活性化の理由、②失敗理由、③イギリスにおける成功事例をデータからご説明頂きました。

 中心市街地の活性化については、以下の3点を前提として説得する必要があると述べられています。

 1. 中心市街地が空洞化しても中心市街地活性化の関係者以外(一般市民)は生活に何も困らないので簡易内と思っている。
 
 2. 一般市民は「中心市街地活性化」=「商店街振興策」と見なし、なぜ商店街再生に税金を投じなければならないのかと思っている。

 3. 一般市民は、中心市街地活性化は時代の流れに抗すると思っている。
  ① 「中心市街地=まちの顔」の衰退は時代の流れで仕方がない。
  ② 時代によってまちの顔の場所は変わる。
  ③ 過去の栄光を復活へは消極的である。

を前提に、必要性をデータや客観的な予測で読み解かなければ協力を得られないということです。

 中心市街地を活性化させなければいけない理由は、

 1. 全ての地域に都市機能を完備することは望ましくありません。例えば、住、くつろぐ、育むという機能が重視される住宅街に24時間機能しなければならない警察署、消防署、飲食街や社交街は無くてもよい機能です。

 2. 少子化と高齢社会によって財政の悪化が懸念されています。

 3. 郊外型住宅地の開発には、上下水道や道路整備など初期建設費にくわえ維持管理費が必要となり、経費が必要となり、少子化と高齢社会の到来によって、財政を圧迫します。

 全国で100を超える中心市街地活性化の現状をデータで教えて頂きましたが、期待した成果をあげた地域は少数でした。

 その理由を、イギリスでは市町村や都道府県の枠組みを超えた広域的な土地利用に基づいて整備が行われていますが、日本にはそれがありません。

 そのため、ある地域の中心市街地活性化がどんなに素晴らしくても、その行政と隣り合う他の市町村の境に大規模店舗が建設されると、中心市街地活性化の効果が失われてしまいます。

 沖縄県でも、特に米軍用地返還後の跡地利用については、私が知る限り、返還軍用地ごとの計画はありますが、都市間機能を考えた、いわゆる”横串”を刺した計画はありません。

 沖縄もいずれは人口が減少します。

 郊外型住宅地開発や郊外型大規模店舗誘致は見た目には素晴らしく見え、地権者、一般市民、政治家や行政も無批判に推進したがりますが、人口減少が始まっている日本の将来の財政負担を考えた場合、冷静に考える必要があることを今回の勉強会から再認識致しました。  

Posted by 宮平栄治 at 11:39Comments(0)TrackBack(0)沖縄経済学

2011年06月06日

まさかひゃ~その4

突然電話で「7月から使えなくなります」といわれ、面食らってしまいました。

地上デジタル放送ではありません。

携帯電話で、しかも来年の7月からです。

何でも電波の種類が変わり、現在使用している携帯電話機種では対応できないらしい。

そのため、機種の変更を促す電話。

ちょうど欲しい機種がありましたが、使用している人に尋ねるとバッテリーの容量の関係で、充電間隔が比較的短いとのこと。

私が「バッテリーの性能が向上したら買い換えます」と応答したところ、担当者が「常に向上しています」との回答。

何の事やら分からずよくよく尋ねたら、向上しているのはバッテリーではなく搭載されているアプリケーション・ソフトの話。

人の話を聞いていない担当者も担当者だが、デジタル放送への移行、携帯電話の電波の変更もユーザーとは無関係に決まった事。

もしかして、あえて制度を変更し、買い換え需要を生み出すための政策?などと疑いたくもなる。

そのような事情でないことは承知しているが、売らんかなの勧誘よりも、なぜ今諸制度を変える必要があるのかの周知徹底の方が、売上げ向上につながるのではないかと考えます。  

Posted by 宮平栄治 at 06:45Comments(0)TrackBack(0)沖縄経済学

2011年06月05日

時代を写す鏡

5月の中旬に久しぶりに中学校の同期生と歓談しました。

話題になったのが、中学校の修学旅行。

私たちの一つ上の期の旅行先が八重山でしたが、私たちからは九州を南北に縦断するというもの。

飛行機が贅沢な乗り物でしたので、行きも帰りも船旅でした。

さて、話題となったのがそのときのバスガイドさんの話でした。

あるクラスのバスガイドさんは、観光地の合間に和ませるためにの歌がいつも”軍歌”だったとか・・・。

ザ・ベスト・テン全盛期の私たち世代からは当然ブーイングの嵐。

途中で別のバスガイドさんに交代させられたという秘話が○○年ぶりに明らかとなりました。

修学旅行先、交通手段、そしてバスガイドさんの歌、その当時を象徴でしょうか。

どこかの国の政治も何年後かには、こんな事もあった、というように成長していればよいのですが。  

Posted by 宮平栄治 at 19:44Comments(0)TrackBack(0)沖縄経済学

2011年05月21日

五月病

私が学生の頃、ゴールデンウィーク空け後のキャンパス、特に1年生には脱力感が漂っていると言われていました。

いわゆる”五月病”。

原因には諸説あるようです。

高校生という規則の多い環境から大学の自由な雰囲気への緊張感から解きほぐされたこと。

大いに期待して大学生活への失望。

などなど。

私が教えている学生を観察していると、どうもそのような五月病に罹患した学生がいないように感じます。

現役学生世代は、バブル経済崩壊後の厳しい日本経済が当然な社会環境にあったためか、努力してこの状況を乗り越えようという気概があります。

そのような未来からの贈り物である学生を有意な人材に育て上げられるかは、私たちの社会がよりよき社会になるかどうかの試金石になりそうです。

その責務の一翼を担っていることに改めて再認識している今日この頃で、そういう私は、当然、五月病には罹りません。  

Posted by 宮平栄治 at 15:32Comments(1)TrackBack(0)沖縄経済学